松室政哉 Matsumuro Seiya Tour 2019 “City Lights”を振り返る

ライブレポートなんて大それたことはとても言えない。
一人のファンのぼやきを、下に綴ります。
(ちなみに約12000文字あるらしいです。自分でもドン引きしてる)

※文中の人物名は、便宜上敬称略とさせていただきました。ご了承ください。

前段

「きっと愛は不公平だ」

こんなセンセーショナルなサビのフレーズを、去年(2018年)の今頃、ラジオやテレビから耳にした人もいるのではないだろうか。

2018年 全国FM/AMラジオ・エアプレイチャート(邦楽)にて、今を代表するアーティストの楽曲が並ぶなかで、星野源、米津玄師の楽曲に次いで4位に入っているこの曲のタイトルは、『きっと愛は不公平』。
全国52局のFM/AM局で2018年2月にパワープレイを獲得したこの楽曲を歌うのは、2017年11月にメジャーデビューした松室政哉というシンガーソングライターだ。

そんな楽曲のリリースからほぼ1年経った2019年2月25日。東京・Shibuya O-Westにて、松室政哉初の全国ワンマンツアー”City Lights”が千秋楽を迎えた。

全国5箇所で行われたこの公演。
ライブの最後で、彼は「初めてのツアーは一生に一度しかないから。この光景は人生のハイライトとして一生残ると思う」と語っていた。
そんな思い出深いツアー、自分なりに感じたことを書き留めておきたくて、今回筆を取ることにした。

“City Lights”ってどんなツアー?

今回のツアー”City Lights”は、2018年10月にリリースされたメジャー1st Album『シティ・ライツ』を引っ提げたツアー。
「群像劇」をテーマに11の楽曲が収録されたこのアルバムは、私たちの何気ない日々の生活の一部が切り取られ、集められた、まるで短編オムニバス映画のような仕上がりになっている。

松室政哉の楽曲って?

松室政哉の楽曲は、「自分」のことを歌うよりも、「誰か」の人生の一場面を、第三者的俯瞰の目線から描いていることが多いように私は感じている。

今回のアルバム「シティ・ライツ」も、始まったばかりの恋の歌、大切な人を失った悲しみを歌う歌、趣味に没頭する人間の様子を歌う歌など……バリエーション豊かに、「僕」のことだけではなく、どこかにいる「誰か」の存在を見つめ、その「誰か」にフォーカスするだけでなく、取り巻く風景全体をも包み隠さずに描いていく。
その風景の切り取り方は、とても叙情的であり、映画が好きな彼らしい言葉選びが、私はとても好きだ。

また、曲が変わるごとにめまぐるしく変化するサウンドも彼の魅力だと私は思っている。
90年代を彷彿とさせるような、まばゆいばかりのシティポップ調な楽曲もあれば、エレクトリックなサウンドが前面に押し出された曲、バラードもあれば、ロックやファンキーなチューンもあったり……と、全ての楽曲を彼ひとりで作曲しているとはにわかに信じがたいぐらいに幅が広い。

おとなしそうなメガネ姿の男の子、といったいでたちからは想像つかないほど、その頭のなかはいろいろなジャンルの音で溢れかえっているのだろう。新しい楽曲が出るたびに、新しい一面を見せてくれるその様は、飄々としているようで、表現に対してとても貪欲な人なのだろうなと、毎回驚かされるばかりだ。

そんな彼の貪欲な一面も、繊細な一面もこれでもか、とばかりに詰め込まれたアルバム『シティ・ライツ』を引っ提げた”City Lights”ツアー。予想を裏切ることなく、「音楽」という道を選んだ松室政哉の「決意」と「今の自分」を惜しげもなく見せてくれたステージだった。

“City Lights”本編について

プロローグ

客席が暗転すると同時に眼前に広がるのは、アルバム『シティ・ライツ』の初回盤ジャケットのイラストと同じオレンジ色に包まれた東京の街。
歩道橋の上を歩く一人の青年。メガネをかけたちょっと「猫背の僕」は、松室政哉本人なのだろうか。
歩道橋の真ん中から青年が空を見上げるタイミングでステージにメンバーが揃う。

緊張しながらステージを見つめるこちら側の空気も伝わってしまうのだろうか、SEの音が止むと同時に間髪を入れず、松室は歌い出す。

ライブ序盤(M1〜M3)

「どこまで来たんだろう
これからどこまで行けばいいんだろう
迷う時もある」

と、自身の過去の気持ちを吐露しているようにも聞こえる、落ち着いた囁きのような歌い出しの『Theme』が、人生に一度しかない「初めてのツアー」の最初の曲に選ばれた。
そこから始まり、未来に向けた希望を疾走感あるリズムに乗せて歌う『衝動のファンファーレ』、セッション感あるアレンジに、今この時代に音楽を作って歌う自身の想いを重ねた『Jungle Pop』と続く。

序盤から既に、息苦しいほどにたくさんのメッセージが客席へと投げかけられていたような気がした。
一見、ジャンルがバラバラに見える楽曲たちも、全て彼が作っているせいか、自然と横並びになっても違和感がない。
むしろ、1曲ごとに完成された世界があるから、そう思わされるのだろうか。

前半戦の山場(M4〜7)

そんなことを考えているうちに場面は変わり、まるで「ひとつの恋愛」に紐づいた短編映画集を見ているかのようなパートに差し掛かる。
ここで演奏されたのは、『Fade out』、『主題歌』、『午前0時のヴィーナス』、そして『きっと愛は不公平』の4曲。

アルバム『シティ・ライツ』に関するさまざまなメディアでのインタビューで、『きっと愛は不公平』の続編だと語られていた『Fade out』。
時系列を追うのであれば、『きっと愛は不公平』から始まるのが筋だが、アルバムの中でも、そして今回のツアーの中でも『Fade out』から物語が始まるのは、STAR WARSなどギミックが効いた映画が好きな彼なりのこだわりなのだろうか。

間に、アルバムには収録されていないけれども周りの反応を見ると隠れファンが多そうな、些細な日常の幸せな瞬間を描いた『主題歌』や、同窓会で昔気になっていた「あの子」に再会する浮足立った様子を描いた『午前0時のヴィーナス』が入ってくるのが微笑ましい。

……と思ったところで、このパートは『きっと愛は不公平』で幕を下ろす。
この曲のイントロが始まった瞬間に、私は一瞬頭が真っ白になった。
幸せだったあの光景は?過去の出来事だったの……?と。
まるでミュージカル映画のような目まぐるしく世界観が変わるシナリオの描き方。
曲の並べ方、展開の仕方でこれだけ人の心をざわつかせることができるのか……と、初めてこの曲順で楽曲たちを受け止めた後は、なんだかぐったりとしてしまった。(悪いのは、全身で受け止めすぎた私自身なんだけれども)

もっとも、彼自身にとっても、ここが見せつけたい前半戦の山場だったのかもしれない。この後は、少しゆったりとしたアコースティックパートへと移り変わっていった。

ライブ中盤のアコースティックパート(M8〜9)

バンドメンバーは小休止して、ギター 外園一馬とデュオ編成で披露した『オレンジ』。ここは、日によっては『ラブソング。』だった時もあった。

「ある意味ツアーの前哨戦だった」とマネージャーも語っていた、ツアー初日の直前に宮城県白石市で出演した『響うた』というライブイベント。
ここでもこの2曲は披露されていたが、あの日とは少し違ったアレンジが施されており、芸の細かさに感動しきり……。
デュオ編成ならではの、伴奏として存在するだけではない、歌うようなギターの音色に終始惚れ惚れしてしまった。

『オレンジ』が終わると同時に、舞台裏からバンドメンバーが帰ってくる。
元の立ち位置に戻ることなく、横一列に並び、今までと違った楽器を持つメンバーたちに新鮮さを感じていると、つい下手側にいるドラム 神谷洵平に目がいってしまう。あの楽器、何…!?

……と思っている客席の気持ちを察してか、すかさず松室がツッコミを入れる。ギターを装って、チューニングをする神谷なりのボケをすかさず拾うあたりはさすが関西人。

ちなみにボケのバリエーションも豊かで、「(ギターの)チューニングに憧れてたんだ」と言うときもあれば、「カポつけてみたかったんだ」と言うときもあり……ドラミングだけでなく、トークもなかなかいいセンスしている。
ついさっき、同じステージで重厚な短編映画集を見せられたような感覚になったことを忘れてしまうぐらい、このセクションは「ゆるい」パートであった。

そんな温かい空気のなか演奏されたのは、『群像どらまちっく』。
アルバム『シティ・ライツ』の楽曲の中でも、1曲のなかに一番多くの登場人物が出てくるのがこの楽曲ではないだろうか。

「それぞれのドラマチック持ち寄って」

バンドメンバーひとりひとりが、それぞれ楽器を持ち寄って中心で歌う松室を囲むように集まる様子。
今回のバンドメンバーは、メジャーデビュー前から彼のサウンドを支えているベース植松慎之介から、アルバムのリリースが決まった後に出演した2018年のMINAMI WHEELからバンドに加わるようになったドラム神谷洵平まで、松室と一緒に歩んできたキャリアはさまざまなメンバー構成だった。

いろいろなところでそれぞれの音楽を奏で、さまざまな背景を持ったメンバーたちが集まり、「バンド」として一体感のある音を放つ様子は、奇跡的でもあり、偶然の産物でもあり、そう思うとこの瞬間自体も「群像どらまちっく」……つい、そんな風に思ってしまった。

ライブ後半戦へ(M10〜11)

メンバーが各々の定位置に戻ると同時に暗転するステージ。
うっすらと赤い照明がステージを照らすと同時に耳に入ってくる街の喧騒。
身体を包むように響いていくその音は、あっという間に私たちを深夜の東京の街へ連れ込む。

気づけば、ここは『Matenro』の世界。

東京公演では、ここから東京工芸大学の学生制作によるアニメーションマッピングの映像がステージ後方の小さなスクリーンたちに投影されていた。
地方公演ではたしか、背からオレンジの光が当てられ、車のヘッドライトを彷彿とされる演出が施されていたと記憶している。

今回のツアーは、演出も今現在のスケールで表現できる範囲で工夫が凝らされているように感じられた。
もちろんライブハウスの世界の中で音がダイレクトに飛んでくる近距離からライブを観るのもこの上なく楽しいのだが、人の頭に隠れてステージが見えづらい時は、音に合わせて目まぐるしく変わる照明を見つめていた日もあったぐらい。

話が少し逸れてしまったが、このツアーで『Matenro』を聴くたびに私は前回のバンドワンマンライブ”Sequence”を思い出していた。
あの日も、同じようにライブの中盤で畳み掛けるように演奏された「東京」をテーマにした楽曲たち。3曲演奏されたうちのちょうど真ん中に、今回のアルバムの最後に位置する『息衝く』が入っていた。

あのライブで、「東京」をテーマにした歌を歌う前に松室はこんな話をしていた。

「きっと今まではいろんなことを『東京』のせいにしてきてた部分もあるのかなと思って、だから今日で一旦そういうのは終わりにしたいと思う」

あの日から約2年。
あの時よりも多くのお客さんを集めたステージで、

「行き詰まりを
全部この街のせいにしてたんだよ」

と叫ぶ姿。
そして、力強く

「アクセルを深く踏んだら
新たな明日へ車線変更した」

と歌った彼の背には、縦横無尽に都内を張り巡る首都高を俯瞰で見た風景が広がっていた。

もう、自分の現状を「東京」という街のせいにすることは、本当にないのだろうな。
曲という形で、きちんと「軌跡」として過去の想いを残しつつも、前を向いて歩んでいく姿にたくましさを感じた。

そして、空間が歪んだようなサウンドアレンジから、一気に青の世界が広がり、『アイエトワエ』へと続く。

「別れ」をテーマとした曲。『Matenro』からこの曲へつながる流れは、「過去の自分」に対するレクイエムのようにも聞こえた。
低めのAメロから、ファルセットを多用したサビ、切なげに高めのキーで叫ぶブリッジまで、1曲の中で変幻自在に自分の声を操るその姿。目が離せなかった。

やっぱり思い出深いこの曲(M12)

『アイエトワエ』の青を引き継ぎながらも、音に導かれるがままにたどり着いたのは、海の底。

今回のツアー、SEが割と多用されていたのだが、「次に何の曲がくるのか検討はつくのに、正解が来るまで焦らされる間」がとても絶妙だった。
次はこの曲だ……!と思いながらも、ゆっくりと手を引くように海の底へ沈んでいく、そして始まったのは『海月』だ。

キーボード 山本健太が端正に繊細なイントロのメロディーを奏でる。
初日にこのメロディーが会場に響き渡った瞬間、客席から息を飲む音が聞こえるようだった。空気がガラッと変わる瞬間を目の当たりにした。

メジャーの大海原に放たれた松室政哉。

「彷徨いながら もがきながらも
散らばった笑顔の欠片 集めてく」

そんな旅をして、きっと大きな月に照らされて光り輝く日もそう遠くはないんだと思う。
この曲が、「くらげ」が海の月と書いて「海月」になった時からそう思ってはいたけれど、今回のツアーでそれがより私の中で確信に至ったような気がしている。

アッパーチューンが連続する後半戦の山場(M13〜14)

そんな余韻に浸っている暇を与えないぐらい間髪入れず、ライブは後半戦のアッパーなラインナップに突入する。

まずは、『今夜もHi-Fi』。この曲で特筆すべき点はなんといっても間奏のバンドメンバーのソロ回し!

ファイナル東京では、ドラム神谷洵平→ベース植松慎之介→鍵盤ハーモニカ山本健太→ギター外園一馬 の順番。
どこかの公演でドラムとベースが逆だった時もあったような…?(うろ覚え)

ソロ回しの前に、「みんなの盛り上がりでバンドメンバーの演奏も変わっていくから」と松室から前振りがされ、ドラムのソロが始まる。
客席みんなで盛り上げる…も、物足りなそうな「もっとちょうだい」顔をされてしまう。
慌てて盛り上げる客席の声にご満悦な笑顔を浮かべて、ドラムソロはフィニッシュ!……本当に間合いの取り方、いいセンスしている……。

ベースソロは渋さ満載で、本当に20代だよね?となるし、鍵盤ハーモニカはその小さな楽器を力強く吹けるものなのね、と驚くし(そして鍵盤ハーモニカのソロなのにリズム隊がやたら元気で煽りすぎ)、しまいにはフロントマンの合図よりもフライングして始まるギターソロ……なんだこのバンドは。自由すぎる。

そんな毎公演ごとにその時その時の音を楽しめるライブ感満載なチューンだった。ライブの定番になるのかな。そんな予感をも感じた。

ちなみにこの曲のイントロ部分で、松室がジャケットを脱いだはず。
「フゥー!!!」と湧き上がる歓声に、毎度「なんでやねん…」とぼやいていた。(けれど、内心はうれしそうに見えた。笑)

大盛り上がりなその流れをさらに煽るようにギターの歪んだ音色を轟かせる外園一馬。
次の曲は、彼がここでどれだけ熱量を上げ、どの方向に空気を持っていくかでその日の演奏の方向性が決まる。それぐらい彼のこのイントロのギターリフが重要だった『踊ろよ、アイロニー』。

この曲の今回のツアーでのアレンジが、今までのどのライブよりもBPM速めで骨太なアレンジになっていて、原曲に輪をかけるようにかっこよくなっていた…!!
『今夜もHi-Fi』からのこの流れ、とても好きだなと思った。

デビュー曲はやっぱり特別。(M15)

興奮冷めやらぬところを、山本の鍵盤が新たなステージへと導いてくれる。
タイミングを合わせて息を吸い、松室が歌い始めたのはデビュー曲『毎秒、君に恋してる』。
イントロで、「みなさん、どうもありがとう〜!」と声を発する松室の姿を見て、不意にこの時間がまもなく終わりを迎えることを悟ってしまう。

メジャーデビューの喜びと眩さがサウンドにまで反映されたこの楽曲。
Augusta Camp 2017で先輩たちを携えて初披露した姿が鮮明に蘇る。
「毎秒君が刻まれてく」のところで時を刻む手振りをする姿は、何度も何度も映像で見た。
あの日も喜びに満ち溢れて、笑みがこぼれていたけれど、その時とはまた違う、経験が彼にもたらしてくれた「自信」がそこには見えたように思えた。

「帰り道 午前1時」

ここでまっすぐに立てた人差し指をくいっと「1時」の方向に動かした松室。
この瞬間に、前半戦で『午前0時のヴィーナス』という楽曲が存在していたことに気づく。
ライブの中で繰り広げられた物語。この世界の中でも時間が動いていたのだ。
そんなことにはっとしているとあっという間に間奏に差し掛かってしまう。

もうすぐ終わってしまう、”City Lights”の物語。
一分一秒たりとも見逃したくなくて、目を見開くのだけど、うれしそうに充実感に満ち溢れた彼の表情を見ていると、顔は笑っているのに目から涙が溢れてしまう。
仮にステージから客席の人たちの顔が見えているとしたら、相当奇妙な顔をしているだろうな、私…と思いながらも、とめどなく溢れる涙を止めることはできなかった。

本編最後は、「決意」の曲。(M16)

そしていよいよ、本編最後の楽曲。
この楽曲を演奏する前に、松室は毎回このような話をしていた。

「アルバム『シティ・ライツ』をリリースして、いろいろな場所でアルバムや曲についての話をしてきた。いろんな思いを詰め込んだアルバムだけれど、今回、この”CIty Lights”ツアーを回って、みなさんのもとに曲をお届けして、やっとこのアルバム『シティ・ライツ』の世界が完成したような気がしている」

と。
松室は、「僕には僕の『シティ・ライツ』があるし、みなさんの中にもきっとそれぞれの『シティ・ライツ』があると思う」といったようなことも話していた。

ぐっと「自分」という個の世界を色濃く描くというよりは、「誰か」の人生の一場面を描いたようなものが多い印象のある彼の楽曲たち。
そんな彼の楽曲の中でも、珍しく「自分」が色濃く出ているように私が感じていたのが、『シティ・ライツ』というアルバムで描かれた11篇の物語の最後を締めくくる『息衝く』。
そして、この曲が「初めてのツアー」の本編を締めくくる曲に選ばれていた。

この楽曲は、メジャーデビューしてからの約1年で制作した楽曲がほとんどだという『シティ・ライツ』収録曲の中で唯一、メジャーデビューが決まる前から存在し、そしてライブでも演奏されている。
先述の通り、「東京という街のせいにすることをやめる」宣言をした”あの日”には存在していた楽曲だ。

『息衝く』では、東京の街の下で暮らす一人の人間が、大きな街の喧騒に飲み込まれそうになりながらも自分らしく進む道を見つけ、一歩前へと踏み出す姿が描かれている。
アルバムの締めくくりの楽曲として存在していると、これまでの楽曲で描かれてきたさまざまな人たちが、みんなさまざまな境遇に置かれながらも、一歩ずつ前に進んでいく、そんな風にも聴こえるのだが、今回のツアー”City Lights”においては、同じ本編を締めくくる立ち位置にあっても、「彼の決意表明」であるように私には聴こえた。

「どこまで来たんだろう
これからどこまで行けばいいんだろう
迷う時もある」

戸惑いの気持ちを包み隠すことなく吐露するように始まったツアーが、

「僕は僕のために 東京の下で息衝く」

という言葉で締めくくられる。

松室政哉が、東京の街で自分の世界を描き続けるという決意をするに至るまでには、私たちには計り知れないぐらいの不安や迷い、もしかすると後悔の気持ちを抱いていた瞬間もあったのかもしれない。
それでも彼は、「誰に笑われたっていい 裏切られたっていいや その先へ その先へ 秒針を回せ」と、自分に言い聞かせながら歩みを止めずに進み続けていたのだろうか。

そして、その結果が過去の痛みや刹那をも「抱きしめて僕は行くんだ」と、前を向いて歩いていくという決断だったのだろうか。

そんな変化する彼のそばにずっとあったのは「薄暮」と「オレンジの中央線」。何気ない日常の風景だ。

変わりゆく街の中にも存在する「変わらないもの」。長い目で見たらいつかは変わりゆくものなのかもしれないけれど、一旦は揺るぎなく佇んでいるもの。
そんな日常の風景と同じように、私たちの生活の中にひっそりと、でも着実に爪痕を残す形で松室政哉の音楽は存在している。
空気のように自然に、それでいて欠かせない存在として。少なくとも、私の生きていく道においてはそんな立ち位置に彼はいる。

きっと彼は、これからもたくさんの人々の心の中でそんな存在になっていくのだろう。
今回の”City Lights”を見て、ぼんやりとまだ見ぬ未来を夢見てしまった。
どのくらい先かはわからないけど、きっとそう遠くはない未来だ。

彼が発した「決意」の言葉、余韻を断ち切るように音が消え、暗転するステージ。
拍手を全身で受け止めながらもステージから掃けていく松室とバンドメンバーたち。

エピローグ

そして、目の前に広がったのはまさに「オレンジの中央線」が模された、『シティ・ライツ』通常盤のジャケットイラストの風景だ。
後ろに流れる音楽は、『息衝く』の原曲冒頭で流れているオルゴールのメロディー。

中央線は駅から人を乗せ、次なる目的地へと進んでいく。
やがて風景が黒い影に変わると同時に、今回のツアータイトル「Matsumuro Seiya Tour 2019 “City Lights”」の文字が浮かび上がり、フレームの外から歩いてきた男性は、そのタイトルを見上げる。
ファイナルではここに「fin.」の文字が添えられていた(はず)。

まさに、”City Lights”が完結した瞬間だ。
舞台の幕が下りた時と同じように、自然と拍手が巻き起こる。
そして、その拍手はやがてアンコールを願う手拍子へと変わっていく。

“City Lights”アンコールについて

予想だにしなかった事件発生

しばらくして、ツアーTシャツに着替えた松室とバンドメンバーがステージに戻ってきた。
「もうちょっとだけやりますか!」と言いながら、着替えたTシャツの話をしがてらグッズの紹介をしよう…とした瞬間に事件は起きた。

普段は、物販担当のグーがグッズを持って登場するこの場面。
なんだかいつもよりも出てくるのに時間がかかっているなと思ったら…まさかのオフィスオーガスタの先輩 さかいゆうがグッズを持って登場してきたのだ。
客席大パニック。
ステージにいる松室を見ると、どうやら松室本人にもこの件はサプライズだったらしい。めちゃくちゃ驚いた顔をしていた。

「はいはい!」と言いながら、トートバッグを松室の手元に託すさかい。
そして、「あー暑い暑い」と言いながら着ていたウインドブレーカーを脱ぐと…なんとインナーにグッズTシャツのアプリコットを着用しているではないか。
先輩、ありがとうございます!笑

「はあ〜暑かったぁ〜」と言いながら舞台袖へと掃けていくさかい。
しばらくポカンとした後に、グッズ紹介のコーナーであったことを思い出し、頑張って通常運転に戻そうとする松室。

「いきなりびっくりしたぁ…あれ?見てくれはったってこと?ですか?」

と舞台袖にいるスタッフに問いかける松室。
「うんうん」と頷くマネージャーをはじめとするスタッフ一同。

グッズ紹介は、毎度毎度テレビショッピング感が否めない松室のしゃべり。
大阪、福岡あたりではあまりのテレビショッピング感に、ギターの外園が「お電話はこちらに」って両手を下に指していた。くすくす。

再び起きる事件

グッズの紹介が終わり、ローディーがギターを持ってくる瞬間にまたさかいが出てくる。
グッズを回収しに来たんだったか、ギターを松室のもとに持ってきたんだったかは忘れてしまったが、さかいは「あと1曲か2曲は歌うんでしょ?歌ってね!」と松室に言い残して去っていった。

どよめく客席。

「ほんまに嵐みたいやった……まだこの辺に空気残ってるもん」

と言いながら辺りの空気をはらう松室。「空気を変えたい……!!」とぼそっ。
そして動揺のあまり、マイクをぼとっと落とす。
その瞬間、素の表情になって「あっ、ごめんなさい」と謝っていた。
危ない危ない……。

気を取り直してアンコール。新曲披露のサプライズ。

気を取り直して、「アンコールいただいたんで、曲やりますか!」と松室が振る。

「ここではね…いつもご当地ソングをやっていたんですが、今日は…できたてほやほやの新曲を!」

と言って間髪入れずに曲に入る。客席からは歓喜の声。
イントロを聴いた瞬間に思わず「あっ」と声が漏れた。
聞いたことのあるメロディー。
それは、紛れもなく前回のバンド形態でのワンマンライブ”Sequence”で一番最初に演奏されていた「翼」と同じだった。

しかし、歌い出しから歌詞が違う。サビになっても歌詞が違う。
私がうろ覚えなだけかもしれないが、何回かライブで聴いて記憶してた歌詞と世界観はがらっと変わっていた。

一時期はこれがデビュー曲になるのかな、と思うぐらい、当時の初々しさと期待と不安が入り混じった歌詞だったこの曲。
時が経ち、境遇が変わり、なんだかこの曲の主人公は強くなっていたような気がした。
なんだか、まるで本人の「今」を描いているようでもあった。もはや頭が真っ白になってしまって、歌詞を覚えていないんだけども。

アンコール1曲目の余談

余談だが、ファイナルよりも前の地方公演ではこのパートはご当地ソングを演奏するセクションとなっていた。

名古屋公演では、スキマスイッチの「奏(かなで)」を松室と山本の鍵盤で1サビだけ披露。
しかし、ここで会場が大盛況だったせいか、大阪公演でやった円広志の「ハートスランプ二人ぼっち」、福岡公演でやった井上陽水の「リバーサイド・ホテル」、札幌公演でやった玉置浩二の「田園」はバンドで1コーラス演奏していた。

そして、アンコール最後の曲。

そんな流れから、アンコール最後の曲「ラストナンバー」へ。

ステージを右から左へ、マイクを手に持って動き、全身を使って表現をしながら、もうすぐ終わってしまうこの瞬間を目一杯楽しんでいるように感じられた。ちょっと目がうるんでいたような気がしたのは気のせいだろうか。

あまりにも楽しそうな顔をするし、この曲自体が楽しいから、もうすぐこの時間が終わると思うと寂しくてしょうがなくて涙が出てきてしまうのに、なんだかものすごく笑顔も溢れてきちゃって、不思議な感覚だった。

ちなみにこの曲で、「時計は深夜2時を指す」。そろそろ、もうお開きの時間だね。

演奏が終わり、明るくなるステージ。松室がバンドメンバー全員においでおいで、と手招きをする。
一列に並ぶメンバーたち。手をつなぎ、前を向いて何度かお辞儀をする。
頭をあげたら、みんな歯を見せて笑っていた。

やりきった感。充実感に溢れた笑顔。
約3週間という短い期間だったが、このツアーがどれだけ濃厚で楽しいものだったのかは、多くの言葉を聞かなくても、みんなのこの表情から伝わってきた。

そして、バンドメンバーがステージから去り、一人真ん中に立つ松室。

「これからも松室政哉をよろしくお願いします」

と彼は言っていた。
そして歓声を全身で受け止めながら、今度は一人で深く深く頭を下げる。かなりの時間、頭を下げていたと思う。
初めてのワンマンツアー。名残惜しさと感謝の気持ちが、そこに現れていたような気がした。

「手洗い、うがい、帰るまでが”City Lights”」って言っていたのは、バンドメンバーもまだいた時だったかな。それとも一人になってからだったかしら。
感動的な瞬間に笑いを挟み込んでしまうあたりは、やっばり関西の血なんだな、と思ってしまったりもした。

アンコールも終わり、本当に終演…のはずが…

本来ならば、これでツアー”City Lights”は終了。
……のはずなのだが、会場から自然と手拍子が途切れない。場内に流れる「毎秒、君に恋してる」を一緒になって口ずさんでいる人もいる。

すると、松室がステージに戻ってきた。
ギターを肩から提げ、「えーどうしよう、何やる?」と呟く。
会場から「Butterfly!!!」なんて懐かしすぎる曲名が聞こえてくると、松室は「Butterfly!?ああ、昔歌ってた曲なんですけど」と、知らない人に向けても自ら補足する。

「ラブソング。!」なんて声があがったり、「Happy Prime Day!!」なんて声があがったりもして、『Happy Prime Day』はちょっとしっくり来た様子だったのだけど、空を描いてしばらくしてから「いや……」ってぼやいてた。
だから、コードがパッと思い出せなかったのか、歌詞がパッと出てこなかったのかもしれない。

そこで客席からボソっと聞こえた「ハジマリノ鐘……!」という声。
これがどうやら一番ピンと来たようで、「またCDにもなっていない曲なんやけど」と言いながら、弾き語り始めた。

この曲、2サビの後半あたりから恐らくPAがマイクの音の拾い方を変えていたのだと思う。だんだんと生声っぽさが増していた。
2サビ終わりの間奏のフェイク、マイクから少し離れただけで、会場にほぼ生声が響き渡る。
そのままマイクから離れて歌ってしまっても良いんじゃない?とも思ったけれど、それでもマイクに向かって歌い続ける彼は、なんだか性格が出ているな、と思った。
音楽に対して、とても真摯に向き合っているね、と。

もう一度ステージに上がれたことに対する感謝の気持ちを述べて、彼は再びステージの奥へと去っていった。
舞台袖では、笑顔でがしっと手を握るマネージャーやスタッフ陣。
そのやり切った感溢れる表情に胸が熱くなってしまった。

なんだかしばらく放心してしまったのだけれど、これにて”City Lights”は終演を迎えた。

完全なる余談(私見)

完全に余談なのだけど、私の中でもしかして……?と思ったことがあって、それを綴ってこの感想文を終えようと思う。

松室政哉がオフィスオーガスタに入ってから打ったワンマンライブ。Theme→Plot→Sequence→City Lights
この流れが、今回のライブのセットリストにも含まれていたように感じられた。

1曲目は、タイトル通り『Theme』。
Plot(筋書き)のように進む『Fade out』から『きっと愛は不公平』までのセクション。
Sequence(連鎖反応)のように曲がなだれこんでゆく『Matenro』〜『アイエトワエ』〜『海月』、そして『息衝く』で締めくくるCity Lights。

ちなみに、この曲のタイトルの元にもなっているチャップリンの映画『街の灯(原題:City Lights)』。
この映画では主人公が目の見えない花売りの娘の為にさまざまなことに奮闘するさまが描かれている。
この作品には、いろいろなメッセージが込められていると言われているが、その中の一つにこんなものもあるらしい。

「自分じゃなく、誰かの為に生きること」

「この旅の答えはきっと君なんだ」

自分のために歌うのではなく、誰かのために歌うこと。
ポップスの世界で生きることを選んだ松室政哉が見つけた、「歌うこと」に対する答えが、このツアーで語られていたのだと私は受け取った。
実際のところはどうなのかわからないけれど、これはこれでひとつの受け取り方として、まだ気持ちが新鮮なうちに言葉として残してみた。

気が向いたら、書き直したくなってしまうかもしれないけれど、それはそれで。

果たしてここまで目を通してくれた人がどれだけいるのかはわからないけれど、ご拝読ありがとうございました。

Matsumuro Seiya Tour 2019 “City Lights”セットリストまとめ

M1. Theme
M2. 衝動のファンファーレ
M3. Jungle Pop
M4. Fade out
M5. 主題歌
M6. 午前0時のヴィーナス
M7. きっと愛は不公平
M8. オレンジ(大阪・札幌公演では、ラブソング。)
M9. 群像どらまちっく
M10. Matenro
M11. アイエトワエ
M12. 海月
M13. 今夜もHi-Fi
M14. 踊ろよ、アイロニー
M15. 毎秒、君に恋してる
M16. 息衝く

En1. 僕は僕で僕じゃない(新曲)
※名古屋:奏(かなで) スキマスイッチcover
 大阪:ハートスランプ二人ぼっち 円広志cover
 福岡:リバーサイド・ホテル 井上陽水cover
 札幌:田園 玉置浩二cover
En2. ラストナンバー

W En. ハジマリノ鐘